無苦庵跡付近にある碑。善光寺にあったものらしい。 |
傲慢な寺の住職を囲碁の勝負の罰ゲームと称して思い切り殴ったという逸話がある前田慶次は、資料が乏しく晩年どのように過ごしたか定かではありませんが、一説には米沢の堂森善光寺がある山の裏側に建てられた「無苦庵」で和歌や連歌を詠む等、悠悠自適の生活を送ったと伝えられています。無苦庵には、友人でもあった直江兼続も通っていたと言われています。
9年ほど前に現地を訪れた際は、屋敷が存在したとされる場所の周囲に土塁の一部や堀跡が残されていたものの非常に分かりにくい状態でしたが、平成27年には発掘調査が行われ、現在は説明版が設置されているそうです。
【囲碁史人名録】 前田慶次
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